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紀行作家・稲葉なおと厳選 昭和の大棟梁の技を堪能できる名建築宿 熱海 大観荘

    紀行作家・稲葉なおと厳選 昭和の大棟梁の技を堪能できる名建築宿 熱海 大観荘

    紀行作家・稲葉なおとが厳選した名建築宿や美しい日本の宿を紹介。
    今回は数寄屋建築の鬼才 平田雅哉が手がけた熱海 大観荘。
    平田建築による、それぞれ異なった趣向がこらされた客室や厳選吟味した新鮮な熱海の旬の素材を取り合わせた京風懐石膳と寿司、心和むひとときを紹介。

    INDEX

      一本気な棟梁として生き様が残る宿「大観荘」

      予約した部屋「大観」に荷物を置き、まずはホームページから得た館内案内図を手に、歩いてみる。

      玄関は間口が広く、水平に伸びやかな意匠だ。玄関横に建つ本館は、元は関西財界人の別邸として建てられたもの。外観も中もしっかり鑑賞してから渡り廊下を伝って、その先の南館へ。さらに階段を上って西館へと歩を進め、長い廊下を歩いて北館へ……。

      一本気な棟梁として生き様が残る宿「大観荘」 イメージ

      どの館にも、その生き様がかつて映画にもドラマにも舞台にもなった棟梁の貴重な技が、今も残る。
      料理も温泉も,大事な旅の要素である。
      だが私にとって旅の大きな楽しみは、こうして美しい宿建築を、時間を気にせず鑑賞することにある。

      一本気な棟梁として生き様が残る宿「大観荘」 イメージ

      設計した棟梁は、現代数寄屋建築の礎(いしずえ)を築いた建築家のひとり。同時代を生きたほかの建築家が皆、名の知られた大学出身であるのに対し、棟梁は小学校すら出ていない。

      明治33年大阪府堺市生まれ。小学校3年で中退し、大工であった父親の仕事を手伝い始めるが、16歳で母親を亡くしたのを機に家出。その後、茶室専門の大工に弟子入り。頭角を現し30歳で独立。やがてその実績は茶室から高級料亭へ、さらに全国の名旅館へと広がっていく。大工の腕だけでなく、昭和の左甚五郎と謳われたほど当代随一の木彫りの名人でもある棟梁の名を、平田雅哉といった。

      数寄屋建築の鬼才 平田雅哉が40代から70代にかけての技を一度に鑑賞

      棟梁が手がけた旅館は他県にも残るが、ここは昭和46年、棟梁が41歳で手がけた別邸を手始めに80歳で亡くなるまで、何度も増改築を繰り返したため、棟梁の40代から70代にかけての技を一度に鑑賞できる。

      数寄屋建築の鬼才 平田雅哉が40代から70代にかけての技を一度に鑑賞 イメージ

      客室「大観」の本間では、当初はサンルームだったという洋間越しに庭を望む眺めと、床の間に残る木彫りの技が眼を引く。
      「相生(あいおい)」には平田流飾り組子(障子の桟)が残り、「尾上(おのうえ)」の障子には幾重にも連なる水平線が描かれる。
      「若竹」の手水鉢(ちょうずばち)は、機知に富んだ棟梁ならではの遊び心を思わせ、「有明」の天井は、相模湾へと降り注ぐかのようなダイナミックな面を描く。

      どの意匠も、それぞれの部屋に泊まりながら、ゆっくりと鑑賞したくなる。

      見どころは部屋だけではない。廊下・階段の床、壁、天井にも、二度と再現できないような凝った細工が随所に残る。
      本館と南館をつなぐ渡り廊下。南館から西館へと上る階段。西館の4階、4階の廊下。北館の吹抜け階段。

      数寄屋建築の鬼才 平田雅哉が40代から70代にかけての技を一度に鑑賞 イメージ

      技をひけらかすのではなく、すっきりとした設計が棟梁の特徴なので、気づかずに行き来するひとがほとんどだ。実にもったいないと思いつつ、そういう私も、ここには今回が4度目の宿泊にもかかわらず、また新たな技の発見があり、設計者の粋な心根(こころね)を実感した。
      「技を見せびらかすのは、やらしいね」
      棟梁がかつて語った言葉だ。

      熱海の旬の新鮮な食材をふんだんに使用した京風懐石料理

      熱海の旬の新鮮な食材をふんだんに使用した京風懐石料理 イメージ

      陽が暮れて、夕食になった。
      酒肴を凝らすとはこういう膳をいうのだろう。
      白魚の桜煮に、百合根で作った三色団子、手鞠寿司などなど、春をあしらった会席料理は見た目に美しく、どれも春らしい味わいがある。
      華麗なだけではない。ボリュームもたっぷりだ。
      黒毛和牛ロースとわらびを出し汁で煮る鍋料理に顔をほころばせ、鮑のステーキに眼を広げた。丸ごと鉄板で焼いてから切り分け、醤油をたらしたバターに浸け、レモンをぎゅっと搾る。桜海老を贅沢にまぶした筍ご飯と一緒にいただいた。

      伊豆の新鮮なネタを味わえる「寿司処 花吹雪」

      夕食を終え、部屋に戻って原稿を書き、小休止と思い温泉に浸かる。夜11時。あんなに食べたのに消化が良いものが多かったのだろう、なんとなく腹が空いている。

      数寄屋建築の鬼才 熱海大観荘自慢の温泉 イメージ

      熱海大観荘自慢の温泉は3つ。それぞれ趣の異なる大浴場には露天風呂・サウナ室を完備。

      そういえば、館内の寿司処は深夜0時までの営業と聞いた。建物の奥深いところにあるのに、外からお忍びの利用も多いというので興味がわいたのを思い出した。
      「いらっしゃい」
      鉢巻きがよく似合う親方の威勢の良い声で迎えられ、カウンターに。
      8,100円(税込)のコース料理もあると聞いてこころが動くが、さすがにフルコースは入らない。すでに食事は済ませたことを話す。
      「お寿司は別腹ですから」
      初耳の台詞だが、妙に説得力がある。メニューに地物と書かれた品をいくつか握ってもらう。どれもネタが厚い。
      この金目鯛うまいですねぇ。あ、この縁側もおいしい。思わず声を出すうちに、十貫ほどするすると胃に収まってしまった。

      伊豆の新鮮なネタを味わえる「寿司処 花吹雪」 イメージ

      親方の握る金目鯛があまりに美味しいので描いてみた。

      親方が話す、宿の増改築を支えた棟梁の弟子や孫弟子の大工には、私自身も面識があるひとが何人も居て話が弾む。
      ひょいと腕の時計を見て驚いた。2時半。どうやら3時間以上も話し込んでしまったようだ。

      早朝の撮影が気になりつつも、このまま部屋に戻ってしまうのが惜しい気がした。渡り廊下で足を止め、瀧の音を背に広大な庭に眼をやる。

      熱海 大観荘 イメージ

      さまざまな丸太を駆使したこの外廊下もまた、棟梁66歳の時の作品だ。色鮮やかな鯉が何尾も悠々と泳ぐ池の向こうに、宿の物語の最初のページを飾る、元別邸として建てられた本館が、月明かりに照らされ浮かび上がる。

      美しい宿を訪れ、技のひとつひとつを眼でなぞる。夜は匠の技を施した棟梁や大工の話で酒の席が盛り上がる。
      名匠の宿ならではの贅沢な一夜とは、こういうことをいうのだろう。

      文・写真・絵 稲葉なおと

      宿情報

      熱海 大観荘(たいかんそう)
      住所:静岡県熱海市林ガ丘町7番1号
      電話:0557-81-8137
      https://www.atami-taikanso.com
      ※別ウィンドウで大観荘のサイトへリンクします。

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        稲葉なおと紀行作家・一級建築士

        東京工業大学建築学科卒。短編旅行記集『まだ見ぬホテルへ』でデビュー。長編旅行記『遠い宮殿』でJTB紀行文学大賞奨励賞受賞。その後、世界の名建築宿に500軒以上泊まり歩きながら写真集、長編小説、児童文学を次々と発表し活動領域を広げる。テレビ、ラジオにも出演。ノンフィクション『匠たちの名旅館』、小説『0マイル』など著書多数。デビュー20周年記念刊行・長編小説『ホシノカケラ』が話題に。公式サイトでも名建築宿の写真を多数公開中。

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