建築、料理、そして人。すべてに物語と歴史がある「東京ステーションホテル」
INDEX
赤煉瓦と木の温もりを感じさせるバー「オーク」で“Story”を秘めたオリジナルカクテルを味わう
ホテルの顔と言われるバーテンダーが考案したカクテルを、カウンターの向こうに立つそのご本人、杉本寿(ひさし)さんに注文する。
赤煉瓦色をイメージした「東京駅」という名の一杯。
差し出されたグラスの縁には、ライムが添えられている。
ひと口、またひと口呑みながら、1959年に19歳でこのホテルで働き始めた頃からの話を伺う。長年勤務する人だからこそ知るホテルのエピソードの数々に、時に感嘆の声をあげながら、ゆっくりと夜が更けていく。
このあと、満員電車に揺られる必要はない。ひとつ階を上がれば、そこに自分の部屋がある。
東京駅で過ごす、なんとも贅沢なひと時だ。
グラス半分くらい呑み終えたところで、杉本さんから声がかかる。
「ライムを搾ってみてください。味と香りが様変わりしますから」
これまでが「上り」。ライムを加えた後は「下り」。2種類の味が楽しめるのが、このカクテルの魅力だという。
人気のカクテルにもまた、人に語りたくなる逸話がある。
都会の喧騒を感じさせない快適で上質なヒトトキを堪能
東京駅舎が完成したその翌年、ホテルは大正4年(1915)に開業した。駅舎を設計したのは、 明治の建築界の重鎮・辰野金吾。日本銀行本店など、その作品の数々は今も重要文化財として残る。
東京駅舎もまた、重要文化財に指定。2006年から6年間をかけて開業当初の姿へと復原・保存工事が施された。その際に、ホテルは内装を全面改装。2012年に再開業した。
南北に長く広がる煉瓦タイル張りの駅舎は、階数ごとにホテルとして使用される部分が異なる。客室は2〜4階。駅舎の3階部分は、ほぼホテルの客室だ。館内は、外観そのままの長い廊下が印象的。ブラケットライトが点々と灯る奥が深い廊下は、ホテルというよりも豪華客船を思わせる。
全150室という客室にはさまざまなタイプが用意されている。寝室とリビングが階段でつながる「メゾネットツイン」などユニークな部屋もある中、見応え充分なのは「インペリアルスイート」。駅舎全体の中央に位置する部屋だ。
そのリビングの窓からは、皇居へと延びる行幸通りを正面に見据える。思わず両手を広げたくなるような圧巻の眺めだ。
食通にも愛された「ビーフシチュー」とオリジナルカクテル「1915」
夕食は、バー&カフェ「カメリア」で名物料理「黒毛和牛のビーフシチュー」を注文した。
ホテルの3代目総支配人が精養軒の元料理長であった経験を活かし考案したメニューを、再開業に合わせ、よりヘルシーにアレンジした。脂の多いバラ肉を肩バラ肉に変更。デミグラスソースも、小麦粉の使用は最少限に抑え、野菜でとろみをつけている。
そえられた焼き野菜とパスタは、まず別々に味わい、最後はすべてをからめていただくことで2種類の美味しさが楽しめた。
一緒にオーダーしたのは、開業100周年を記念したカクテル「1915」。日本酒をベースにココナッツのリキュールを添え、程よい甘みがある。
食後に別のカクテルを一杯と思い、バーテンダーの杉本さんに会いに、もう一軒のバー「オーク」に移動したのだった。
伝統の技法を引き継ぎながら、最新の技術で甦った職人たちの結晶
取材先ホテルの基礎知識収集で頼りになるのが、ホテルのホームページだ。ところが最近は、見せ方が凝っているだけで中身は薄かったりするのだが、このホテルでは、まずそのホームページに感心させられた。
ホテル史、建築史、かつてここを定宿のひとつとした川端康成や松本清張の執筆エピソードや名物料理やカクテルの誕生秘話まで、内容がぎっしりと詰まる。
中でも読み応え充分なのが、復原工事に携わった、さまざまな職人たちからのメッセージだ。
全国から集められた職人は、まずは1週間の練習を繰り返し、その後の試験に合格した者だけが施工の許しをもらえた。
銅板職人職長の吉澤光雄さんは「あれだけで一年かかりました」と語るカーテンを模した装飾を南北のドームに施し、建築家から「ここまで来ると芸術だ」と称賛された。
目地職人の長谷川靖比古さんは、断面が半円状になった覆輪目地(ふくりんめじ)という技術を現代に復原させた。
職人たちの技術の結晶を撮り残したい。
食事以外の時間は撮影に追われた。
東京駅丸の内駅舎の保存・復原工事に込めた職人の想い「東京駅100年の再生の物語」
※別ウィンドウで東京ステーションホテルのサイトへリンクします。
宿泊しないと味わえない、こだわりのブレックファストビュッフェ
翌朝は、宿泊客専用の朝食ブッフェを提供するゲストラウンジ「アトリウム」を訪れる。
人気が高いという評判は耳にしていたが、その秘密はすぐに理解できた。
ほかでは見たことのないメニューが、和食コーナーにも洋食コーナーにも、デザートにも並んでいる。
夕食でいただいた、黒毛和牛のビーフシチューをソースにアレンジして巻きこんだフワフワのオムレツ。奥のほうまで具材が一杯のクロワッサンサンド。イタリア産の削ぎ立て生ハムと一緒に食べるミニパンケーキ。アボカド半分をそのまま使ったエッグベネディクト。和菓子も洋菓子も揃うデザート。
数え上げればきりがないが、食事が進むうちに、魅力の秘密は料理だけではないと気がついた。
テーブルナプキンが少し汚れてしまったなと思いつつ、新たな料理を取り終え席に戻る。すると、いつの間にか新しいナプキンに替えられている。
デザートを皿に盛って席に戻ってから、デザート用スプーンを取り忘れたことに気づく。その直後。
「こちらをどうぞお使いください」
スタッフから声がかかり、デザート用のスプーンとフォークがテーブルの上に並べられた。
ビュッフェ式で、ここまで眼の行き届く朝食会場は初めてだった。
朝食後、地下にある会員制スパの温浴施設を訪ねた。
ホテルにジムやスパがあると聞いても、もはや驚かないが、東京駅舎の中にと思うと、やはり底知れぬ贅沢感を覚えてしまう。
程よい湯加減の湯に浸かりながら、一泊のうちに出会った愛おしいひと時が次々と眼に浮かんでくる。
各々の施設にも、料理や飲み物にも、そしてサービスにも。
この宿には、大切な人にだけつい語りたくなるような、そんな物語が溢れていた。
Classic Luxury - 時代を超えて愛される、上質なひととき -
今回の”美しい日本の宿へ”はいかがだったでしょうか。100年を超える歴史を誇る東京ステーションホテル。創建当時の姿に甦った壮麗な駅舎とともに時代を超えて愛される、上質なヒトトキを堪能してみてはいかがでしょうか。
宿情報
東京ステーションホテル
住所:〒100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1
電話:03-5220-1111
https://www.tokyostationhotel.jp/
※別ウィンドウで東京ステーションホテルのサイトへリンクします。
この記事が気に入ったら
いいね!
稲葉なおと紀行作家・一級建築士
東京工業大学建築学科卒。短編旅行記集『まだ見ぬホテルへ』でデビュー。長編旅行記『遠い宮殿』でJTB紀行文学大賞奨励賞受賞。その後、世界の名建築宿に500軒以上泊まり歩きながら写真集、長編小説、児童文学を次々と発表し活動領域を広げる。テレビ、ラジオにも出演。ノンフィクション『匠たちの名旅館』、小説『0マイル』など著書多数。デビュー20周年記念刊行・長編小説『ホシノカケラ』が話題に。公式サイトでも名建築宿の写真を多数公開中。
http://www.naotoinaba.com
※別ウィンドウで稲葉なおとさんのサイトへリンクします。