下呂温泉の街並みを眼下に望む敷地5万坪の山中に佇む宿「湯之島館」
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敷地は5万坪、東京ドーム換算で約4個分弱になるお城のような宿
下呂駅前で送迎バスに乗り、川沿いに広がる温泉街の風景を眼にして間もなく、宿への道は山の中へと進んでいく。わずか数分の道のりだ。
だがその間に、以前、初めてこの宿に訪れた際の印象が鮮明に蘇ってきた。
空を突き刺すような杉と檜の林に囲まれ、街全体を見下ろす山の中腹に建つお城のような宿。
そういえば、敷地は5万坪、東京ドーム換算で約4個分弱になると聞いた覚えがある。
舗装された道路に点々と並ぶ灯籠も宿の施設。私はすでに広大な敷地へと足を踏み入れているのだ。
旅館を訪れれば、どこでも出会えるような一瞬の出来事だ。だが、この宿の印象は随分と異なる。
脱いだ靴は下足番の方にお任せして、各部屋ごとに案内の女性がつくというのは同じでも、ここまでスムーズにスマートな対応は、そうお目にかかれるものではない。
更に印象深いのは、部屋係の女性が皆、20代の前半ではと思うほど若いことだった。
老舗の旅館に二度三度と訪れると、その度に経営者や女将さんから、部屋係の女性の高齢化にまつわる苦労話を聞かされることが多い。
その一方で、数は少ないが、海外からの宿泊客が増えたことで、従来の接客業のイメージを一新させることに成功している宿もある。若く才能のある人材にとって、語学力を高めれば、交友関係を世界へと広げていくことができる、魅力的な職場に映るのだ。
部屋で彼女に淹れてもらったお茶を飲みながら、館内の案内図を広げ大浴場の場所、朝食会場の場所等々の説明を受ける。
複雑に入り組んだ建物の概要は、案内図を見てもなかなか頭に入ってこない。
「さっきの玄関にも、ひとりで戻れる自信がないんですけど」と私。
「迷うようでしたら、私を呼んでください。御案内します」と笑顔の彼女。
彼女は高校を卒業して入社3年目。今夜担当するのは、私と、スペイン人の家族だという。
「スペイン語も頑張ってね」と伝えると
「グラシャス」とまた笑顔が返ってきた。
丹羽英二の凝った和の技と洋の各施設の両方を楽しむ
昭和6年にこの宿を興したのは、名古屋の実業家・二代目岩田武七。
小間物商で財を成した初代を受け継ぎ、靴のマドラスを設立。多角経営に乗り出し、中京地区の癒しの場として開発されたのがこの宿だ。
本館をはじめ、6つの建物が入り組む。宿泊・温泉施設のほかに、ビリヤード場、舞踏場、サンルーム、バーまでと、創業者の思いは各施設の充実ぶりに表れている。
有形文化財に指定された本館の外観は、まさしく和の宿そのものだが、施設のインテリアは、洋風のアールデコ様式の廊下、階段、施設もあり、館内を歩いていると、いつの間にかクラシックリゾートホテルへと迷い込んだかのような錯覚を覚える。
設計は、名古屋を中心に数々の作品を残した丹羽英二(1897〜1980)。
凝った和の技を随所に残す客室や宴会場。
ステンドグラスや鉄や石の細部にまで装飾が施された洋の各施設。
両方を楽しむことができることが、この宿の大きな魅力のひとつだ。
日本三名泉のひとつ下呂温泉と旅のお疲れを癒すボディーケア
夕食の前に、マッサージの人気が高いという施設「癒しどころ ゆるり」に予約を入れた。
宿自慢の露天風呂で身体を温めてから、教えられた部屋へと歩いていく。
癒しの部屋は、アールデコエリアの一角にあった。
担当の女性からいくつか質問を受け、身体の凝りについて相談にのってもらう。
「執筆業という御仕事柄、背中の凝りをオイルトリートメントでほぐして、さらに頭皮のマッサージがいいでしょうね」
彼女の助言のままに横になる。
施術が始まって、すぐに気がついた。勝手にイメージしていたソフトなものではなく、指圧を連想させるような、しっかりとしたマッサージだ。
寝ながら率直な感想を述べると、少々強めの日本式施術が外国人にも好評だという。確かにこれまで私が欧米のスパで体験したような、ソフトな感じではなく、痛気持ちいい感触。それがまた、いかにも効いている感があって心地よい。
いつの間にか1時間近い時間が過ぎてしまった。
温泉とボディケアで癒された後は四季折々の旬の食材を活かした会席料理を堪能
身体が大分軽くなったところで部屋に戻ると、係の彼女が部屋の前で待っていてくれた。
なんだか家族が待つ家に帰ったような居心地の良さを感じつつ座につき、ひと品ひと品、彼女の説明を受けながらじっくりと味わう。
料理長が試行錯誤のうえに創作した「焼き寿司」に溜め息をもらし、飛騨牛のしゃぶしゃぶに笑顔が何度もこぼれつつ、将来の夢について眼を輝かせて語る彼女の話に耳を傾けた。
そういえば、夕暮れまで何度も外観撮影のために宿の玄関を出入りしたが、私は一度もその取手に触れることがなかった。常に担当の男性が引き戸を開け閉めしてくれたからだ。
ホテル業界における最高のサービスは、ゲスト個々に担当がつくバトラーサービスだ。
エントランスにはゲストの顔を熟知したドアマンがいて、スパにも、頼りがいのあるスタッフがいる。
そういったすべての要素をこの宿は持ち、しかもバトラーの役割を担う部屋係の女性が、フルコースディナーをルームサービスしつつ、楽しい会話の相手にもなってくれる。
ここには、世界に誇れるホスピタリティがある。
そんなことを感じた1泊だった。
飛騨の匠の技と昭和のロマン、登録有形文化財を堪能
今回のヒトトキ「美しい日本の宿へ」はいかがだったでしょうか。下呂温泉の街並みを眼下に望む敷地5万坪の山中に佇む「湯之島館」。昭和6年に創業されてから80年たった今でもその美しさは変わらず、人々を魅了させます。和を彷彿とさせる空間で至福のヒトトキを堪能してみてはいかがでしょうか。
宿情報
湯之島館
住所:〒509-2207 岐阜県下呂市湯之島645
電話:0576-25-4126
http://www.yunoshimakan.co.jp/index.html
※別ウィンドウで湯之島館のサイトへリンクします。
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稲葉なおと紀行作家・一級建築士
東京工業大学建築学科卒。短編旅行記集『まだ見ぬホテルへ』でデビュー。長編旅行記『遠い宮殿』でJTB紀行文学大賞奨励賞受賞。その後、世界の名建築宿に500軒以上泊まり歩きながら写真集、長編小説、児童文学を次々と発表し活動領域を広げる。テレビ、ラジオにも出演。ノンフィクション『匠たちの名旅館』、小説『0マイル』など著書多数。デビュー20周年記念刊行・長編小説『ホシノカケラ』が話題に。公式サイトでも名建築宿の写真を多数公開中。
http://www.naotoinaba.com
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