美しい賢島の穏やかな入江を望む丘の上に築かれた「志摩観光ホテル」
INDEX
建築家・村野藤吾氏の設計による落ち着いた空間で時を過ごす「ザ クラシック」
取材と撮影が順調に進み、迎えた2日目の朝。朝食のスタートが遅れたために、店内のゲストは私ひとりだった。
出汁巻き卵や野菜煮といった彩り鮮やかな桶盛りに、おくら、くこの実、松の実、白木茸の薬膳粥がおいしい朝餉(あさげ)膳。いただきながら、今朝撮ったばかりの名建築ホテルと朝陽の写真をパソコンで整理しながら、建築家・村野藤吾ならではの意匠について考えていた。
村野藤吾。文化勲章ほか数々の受賞歴を誇る、昭和を代表する建築家のひとり。
ここはその村野が設計した名作ホテルの1軒。
海に囲まれた広大な敷地に建つ大きく3棟の建物のうちの2棟「ザ クラブ」(昭和26年築)と「ザ クラシック」(同44年築)が、村野の作品だ。
事前にホームページで貴重な村野流意匠の「現存」を確認してはいたが、果たして現実にはどこまで残っているのか、実は不安を感じながらの再訪だった。
建築史に名を刻む名建築であっても、いとも簡単に建て直され、大改修されてしまうことが多い。ましてやそれがホテルのような商業施設となれば尚更だ。前回10年ほど前に宿泊した際には大規模な工事中であっただけに、不安は消せなかった。
だが、私の心配は杞憂(きゆう)に過ぎなかったようだ。
外観はもちろん、屋内も家具や照明器具に至るまで、数々の貴重な意匠が残されていた。
前回は気づかなくて、今回、スタッフに教えられて初めて気づいた村野藤吾らしい意匠もあった。
レストランのドアの取手が、店の内と外で同じかと思っていたら、微妙にその「出」の寸法が異なるのだ。押す側、引く側それぞれに手に優しい寸法が施されていた。
「これこそ村野さんらしい、お客さまへの優しさですね」
スタッフに向けて言葉にした瞬間、その感想が、私の中のホテル全体への印象と繋がった。
そう、優しいのだ。建築も、独特の丸みを帯びた家具も、サービスも、料理も。
昨日から何度も、私はこのホテル特有の優しさに触れたことを思い起こしていた—。
昭和を代表する建築家・村野藤吾氏が設計した照明器具や家具の「ロイヤルスイート」
チェックインを終え、部屋まで案内してくれたフロントの女性の笑顔が客室ドアの向こうに消えるのを見送りながら、気づかされた、という思いが胸に広がっていた。どうやら私は、ふたつの誤った思い込みをしていたようだ。
およそ10年前にこのホテルに初めて泊まった際の印象は、遠い、そしてどこか近寄り難い、というものだった。そのため正午過ぎから撮影を開始と計画を立てたときには、名古屋で前泊も視野に入れていた。それほど、ホテルのある三重県賢島に対して「遠い」印象があった。
ところが路線検索をしてみて、思い違いを知らされた。なんのことはない、東京を朝出れば、余裕でお昼前には現地に着いてしまう。しかも最寄り駅からホテルが近いこと。送迎の無料バスはあるが、試しに歩いてみると、4分弱で着いてしまった。どこか敷居の高さを感じていたホテルが急に身近に感じた。
自然と向き合い豊かな味わいを引き出すレストラン「ラ・メール ザ クラシック」
終日撮影と取材に追われた後の夕食は、先々代の伝説の料理長が考案した「海の幸フランス料理」の伝統コース。
現在の総料理長・樋口宏江さんは、都ホテルズ&リゾーツ初の女性料理長として「G7伊勢志摩サミット」の夕食を担当したことで知られる。ホテル伝統の料理をしっかりと受け継ぎつつ、進化したオリジナルのフレンチがまた評判を呼ぶ。
焼き目がついて熱々の「伊勢海老クリームスープ」も、半割りの「伊勢海老アメリカンソース」も、伊勢海老の厚みのある香りと甘みが口の中でとろけ合う。そして「鮑ステーキ」。回りがパリッと香ばしく、中はもちっと柔らかく、噛めば噛むほど鮑の香りが口の中に広がった。
人気のアクティビティ、星空案内人による星空観察会
陽がとっぷりと暮れると、庭園で実の人気アクティビティ、星空案内人・宮本秀明さんの解説に耳を傾けた。
太陽を除けば、地球から見えるもっとも明るい恒星・シリウス。そこを起点に冬の大三角形へ。そして青白い星の集まり・スバル。
レーザーポインターを星空に向けながらの説明に何度も、へぇ、と感嘆の声がもれてしまう。
もっとも感激したのは月面の撮影だ。天体望遠鏡の接眼レンズに自分のスマホのカメラレンズを当てるだけで、びっくりするほど鮮明な月面写真が撮れてしまった。小学生の頃、似た1枚をフィルムカメラで撮るのにどれだけ苦労したことか。
凄いですね、と声を上げつつ、昨夜は天体観測の楽しさをしみじみ思い出したのだった。
三重の伝統工芸体験「漆芸体験」と穏やかな英虞湾のプライベートクルーズ「ラウンジクルーズ志摩」
桶盛りの朝食を終え、2日目の撮影と取材を再開した。ホテルではさまざまなアクティビティを用意。
まずは三重の伝統工芸体験。漆芸作家の村上麻紗子さんの指導で、伊勢ヒノキに春慶塗りをほどこしたピンバッチに絵付けをする。漆に似た樹脂塗料カシューを極細の筆の先に付け、文様をなぞるのだが、これが思いのほか難しい。そこがまた、楽しいのだ。金粉をまぶして完成。我が作品の不出来に苦笑いを浮かべつつ、職人の技術の高さをしみじみ実感。
さらに午後は、ホテル所有のクルーザーをチャーターしての湾内クルージング。海から望む名建築もまた格別だ。ひとり当たりではなく、クルーズ1回ごとの料金設定なので、家族やカップルで乗ればさらに割安になる。
そして迎えた2度目の夕暮れ。
この時間ならではの姿を撮ろうと、レストラン、ふたつの客室、そして外観を忙しく行き来しながら胸が躍る。
低く射し込む夕陽に黄昏色に染まる名建築。
私はこころの中で何度も歓声をあげた。
穏やかな時の流れに包み込まれるかのような雰囲気の志摩観光ホテル
今回のヒトトキ「美しい日本の宿へ」はいかがだったでしょうか。美しく穏やかな入江を望む高台に築かれた「志摩観光ホテル」は、昭和を代表する建築家・村野藤吾氏が設計した「ザ クラシック」と、モダンなデザインの「ザ ベイスイート」の2館と、開業当時の面影を残す寛ぎのパブリックスペース「ザ クラブ」の三館一体のリゾートホテル。日常から離れおもてなしの心と優しさに触れてみる。さまざまなアクティビティがあり、ここでしか体験できない寛ぎの時間。そんなヒトトキを堪能してみてはいかがでしょうか。
宿情報
志摩観光ホテル
住所:〒517-0502 三重県志摩市阿児町神明731(賢島)(伊勢志摩)
電話:0599-43-1211
https://www.miyakohotels.ne.jp/shima/index.html/
※別ウィンドウで志摩観光ホテルのサイトへリンクします。
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稲葉なおと紀行作家・一級建築士
東京工業大学建築学科卒。短編旅行記集『まだ見ぬホテルへ』でデビュー。長編旅行記『遠い宮殿』でJTB紀行文学大賞奨励賞受賞。その後、世界の名建築宿に500軒以上泊まり歩きながら写真集、長編小説、児童文学を次々と発表し活動領域を広げる。テレビ、ラジオにも出演。ノンフィクション『匠たちの名旅館』、小説『0マイル』など著書多数。デビュー20周年記念刊行・長編小説『ホシノカケラ』が話題に。公式サイトでも名建築宿の写真を多数公開中。
http://www.naotoinaba.com
※別ウィンドウで稲葉なおとさんのサイトへリンクします。