
脚本・演出 小池修一郎
『グレート・ギャツビー』の原作小説は、私が宝塚歌劇団に入団した際に上演してみたいと思った作品の一つでした。
ギャツビーという男はニューヨークで話題になるほどの成功者ですが、元々恵まれた環境で育ったわけではなく、実は田舎の貧しい生まれで努力して身を立てたということが、終盤に登場する子供のころの日記によって初めてわかる。単なる格好つけた成功者のラブストーリーに思えていた物語が、最後にひっくり返されて引っかかるものがありました。
ギャツビーがそういう出自だったから、何の苦労も知らないで育ったデイジーの存在に圧倒され、絶対的な価値を見出してしまう。そう考え直すと、浮ついた恋の物語ではなく、別の陰影、深さを持つ物語だと感じ方が変わりました。1991年に雪組で初演した当時、聴覚や視覚を含めた時代性が私好みだったということのほかに、そんな陰りのある物語であることも非常に重要でした。
その後2008年に日生劇場で再演、外部でも上演してきて、今回はその集大成となります。初演と再演の音楽に新曲も加え、これまでせりふだけで出てきた劇場の豪華なレビュー・シーンも再現。トム・ブキャナン役をこれまでよりもフォーカスするなど、2022年版の『グレート・ギャツビー』としてお届けします。
ギャツビー役の月城かなとは、演技力、表現力が傑出している。役の心根など根本的なところを踏まえて役作りをし、作品によって演技の持っていき方を変えられる天性の役者。だから月城の舞台は見応えのあるものになるのだと思います。
ギャツビーはややダーティーヒーローですし、出世する能力を生かして別の女性を見つければいいのにそうしないという、ある意味愚かな人でもある。でもそこも魅力で、多くの人が共感するところ。すべてが絵に描いたようにうまくいくと共感しにくいし(笑)、そこに人生や人間社会の面白さ、苦さゆえの味わいがある。月城自身がとても考える人なので、スーツを着て立っているだけでも、そういった多面的な魅力がにじみ出てくるのではないでしょうか。
海乃美月は、そんな月城と組むことで演技力が向上し、歌や踊りを含めた表現力が花開いたと感じます。デイジーは、宝塚のヒロインとしては冷たくて、打算的な女性と受け取られる部分もある難しい役どころ。ギャツビーは事故を起こしたデイジーの罪をかぶって死にますが、デイジーが彼の墓を訪れるシーンは、初演時に絶対に入れたいと思っていました。謝罪に来たのか、お礼に来たのかの解釈は観る側の自由ですが、ある種の決別のためにやって来る。いわゆる“女性の愛への忠誠の誓い方”には反する役どころなので、荷が重い部分はあると思いますが、月城に準じて演じていってほしいと思います。
デイジーの夫・トムは、スポーツマンでお金持ち、気前もいいという、ステレオタイプのセレブ。今回は、彼の哲学、社会における自分の生き方や恋愛観を少し明確に出していこうと思っています。鳳月杏は力を蓄えて出てきた演技派で、充実した男のエネルギーを持つ役にも合っている。鼻持ちならないトムですが、鳳月ならそれを魅力的に表現できるのではと思っています。ギャツビーの隣人・ニックは、お客様に一番近い存在。演じる風間柚乃はとても芝居がうまく、派手ではない役どころでも役の色を輝かせることができる、芝居でものを構築できる人。だから今回も平凡であることが求められるニックを、演技で光らせてくれると思います。
ギャツビーは世の浮沈のなかで“あぶく”のように生まれた存在。初演時もバブル期でしたが、いまもコロナ禍を経て一つのピークが過ぎ、次のものが生まれてくる時代。だからこそ、この物語の在り方をより感じられる時なのではないかと思います。