
『エンジェリックライ』作・演出:谷 貴矢
2021年に『元禄バロックロック』を上演した際、花組にはファンタジックな世界観を実現させる想像力、楽しんで取り組んでくれる空気感を感じました。そういう面と、キザな"花男"らしさを舞台上で両立させる説得力やパワーのある組で、永久輝せあと星空美咲の新トップコンビお披露目であることを生かす方法はないか、というところから着想しました。
ひとこ(永久輝)とは入団同期で、いつかは一緒に作品を作りたいと考えていました。軍服を着ていたり王子様役をやっている姿を観て、それとは似ているようで趣の違う新しいものはないかと探していて、昔から"天使"のイメージを抱いていました。だから今回、ファンタジーですが男役としても押し出せるような、"天使だけど不良"のアザゼルという役を生み出して、欲張りセットにしてみました(笑)。
物語は、地中海に浮かぶ架空の島を舞台に、専科の凪七瑠海が演じる宝石商でリゾート「エンピレオ」のオーナー・フェデリコと、星空演じるトレジャーハンターのエレナのところに、アザゼルが天から降ってくるところから物語が始まります。天界では"人間観察省"が、人間たちの行いを良いことと悪いことに分けて記録していますが、果たしてそれは本当に単純に善悪に分けられるものなのか。アザゼルは、人間がどんな気持ちで現実逃避して芝居を観に行ったり、酒に溺れたりしているのかを知りたいと思い、天界を引っかき回す。すると天帝に「それなら人間界で修行し直してこい」と怒られて、人間界に堕とされます。一方のエレナは、父との確執から家を飛び出し、恵まれない子供たちに寄付する義賊を続けているけれど、それが果たして良いことか悪いことか悩んでいる。そんななか知り合ったアザゼルに背中を押され、どんな天使や悪魔でも従えることができる秘宝"ソロモンの指輪"を、2人で力を合わせてフェデリコから奪いに行くことになります。フェデリコと契約を結んでいるのが、聖乃あすか演じる人間に扮した悪魔・フラウロス。フラウロスはフェデリコとビジネスパートナーですが、その裏にはある企みも抱いている役となっています。
今作で退団する凪七とは一緒に仕事する機会が多く、思い入れが強いスターの1人です。あまりイメージのない新たな悪役に挑戦してもらいながら、過去の話やエレナとの関係性によって、愛で動くハートフルな面も併せ持つ役を魅力的に演じてくれると思います。同じく退団する綺城ひか理の大天使ラファエルは、アザゼルと同期。天使学校卒業までは切磋琢磨してきたけれど、頭角を現す堅物なラファエルと不良のアザゼルは犬猿の仲に。でも結局、天帝の命で地上に降り、アザゼルと喧嘩しながらも協力して悪魔と戦う。同期2人の、ファンの方が観たいと思われるであろう関係性をギュッと凝縮して描いています。
ひとこの誠実に芝居を作り上げていく能力には、とても信頼感を持っています。普段稽古場で話していても頭の良さを感じますし、いつもニュートラルでナチュラルに存在できる器の大きさがあり、一緒にいろいろな物語を作っていきたいと思わせてくれる人。それもとても魅力的ですが、宝塚のスターには非人間的なカリスマオーラも必要です。だから今回は、ひとこのニュートラルな魅力を保ちつつも、非人間的なところに飛んだ役を演じてもらいたい、と。宝塚のスターでしか演じられない、なおかつひとこの魅力も共存する役になればと期待しています。
星空は、大人っぽくて成熟したスキルを持っているにもかかわらず、少女性も持ち合わせています。そんなピュアさと大人っぽさの両面あるのが魅力ですが、今回はアザゼルを引っ張っていく対等な役柄なので、それにより意外と引っ込み思案な星空さんの心が解放されたらいいな、と。2人の関係性は、もちろん恋愛模様もありますが、バディ的な絡みを中心に描いています。
今回、天使をモチーフとしているのは、私が個人的に、タカラジェンヌと天使の存在に似ているものを感じていたからでもあります。舞台上で"荒唐無稽な嘘"を一生懸命につく姿、そのきらびやかさに観ている側は勇気をもらう。逆にその嘘を成立させる、夢を与えるためには、タカラジェンヌは清らかな存在でいなければいけないと思うんです。昔の宝塚では、荒唐無稽さを恐れることなく、トップスターが登場してなぜか悪役が退治され(笑)、最後はハッピーエンドになるご都合主義な展開でも成立するようなパワーがあった。それを現代版に作り変える挑戦をしてみたい、と。宝塚には110年間積み上げてきた歴史、男役にしかできない表現があり、それを受け取るお客様にもイマジネーションの土壌があるので、それを信じて作りました。
今回はトップコンビのお披露目なので、まず何よりも2人の魅力を感じていただきたいですし、小さくまとまらず110年の宝塚歌劇の歴史のなかでも観たことのない作品になればと思っています。ぜひ楽しみにご観劇いただけたらうれしいです。

『Jubilee(ジュビリー)』作・演出:稲葉 太地
新トップコンビのお披露目、新生花組のスタートということで、ひとこ(永久輝)に抱いていた"王子様"のイメージから、"新たな花園に降り立ったプリンス"が王様になる過程を描けたらと思い、作り始めました。宝塚歌劇110周年という記念の年でもあるので、本来ジュビリーは25年周期の祝祭の意ですが、冠としました。
プロローグはそんな新たなプリンスの誕生をみんなが祝う、華やかなレビューの雰囲気。私の作品ではあまりレビュー仕立てにすることはないのですが、宝塚が本来持つ美しい世界にしたいと思い、ピンクのお衣装で最後は羽根扇を持って踊ります。お客様に元気になっていただけるようなプロローグになったらいいなと思っています。
その後は、聖乃を中心とした男役3人が花園に紛れ込んでかわいい彼女を探そうとする場面や、男役のスーツの群舞、鳥カゴのようなセットでタキシード姿の男役と娘役が踊る中詰、私の作品のなかでは恒例の若手のダンスシーン……。そして専科から出演の凪七が、花が枯れた大地に降り立ち、疲れ果てた男女に手を差し伸べて、王様の戴冠式へと導く。あまり暗転せず各場面がつながっているような構成になっています。
今作は、プロローグの主題歌以外は、全編を通してクラシック音楽に題材を求めています。ひとこにはクラシカルなイメージがあったので、それをポップスやジャズ、ゴスペルなどにアレンジしたら面白いのかな、と。皆様ご存じのチャイコフスキーの「くるみ割り人形」は'60年代ポップス風に、ベートーヴェンの「月光」はジャズテイストに、モーツァルトの「フィガロの結婚」もさまざまなリズムに変化させています。
ひとこは、雪組時代の『Greatest HITS!』のころは元気なイメージでしたが、花組生としての初めての作品『DANCE OLYMPIA』のソロの場面で、1つ芯が見えた感じがしてすごく頼もしかったです。『Fashionable Empire』では声の深みが増していて、彼女の魅力は琴線に触れる、感情があふれ出ている歌声なんだなと感じました。男役としては柔らかくクラシカルなスターですが、そのなかにも芯の強さ、バリッと押し出してくるようなところもある。そういう面と本人が持つチャーミングさのギャップも魅力ですね。
星空は、かわいらしい娘役なのかと思いきや大人っぽい雰囲気も持っているところがとても素敵ですし、『DANCE OLYMPIA』でも2幕のラテンの場面での抜擢にきちんと応えてくれました。ひとこと同様、歌が素敵ですよね。だから、この2人のコンビは、素敵な歌がたくさん聞けるのではないかなと期待しています。聖乃も、下級生のころから魅力的な人。朗らかですが花組育ちらしいキザなところもあって、いろんな経験を経て男役としても頼もしい存在になってきていると思います。
この作品で、凪七をはじめ3名が退団します。凪七は22年間、男役を極めてきました。その積み重ねてきた芸が花組にマッチしていて、とても味わい深い。プロローグでもただ歩いてくるだけで感じさせるものがあって、素晴らしいです。綺城ひか理にしても星組への組替えを経て、花組に戻ってきて"花男"らしく卒業していきますし、花組一筋だった泉まいらもこれで退団していきます。みんな、お稽古場から充実感に満ちた顔をして、すごく美しい。少しですが退団者への惜別の思いを込めた場面も用意しています。
花組はいつでもすべてに前向きでハッピーに取り組んでくれる組ですが、いまも本当に華やか。舞台に花の香りが漂う感じがして、それでいてエネルギーがある。花組の男役としての在り方をすごく考えているひとこを中心に、皆で盛り上がってやっていて、明るく元気な雰囲気です。
今作では、そんな花組の"花組たるゆえん"を堪能していただけたらと思います。組によってそれぞれの良さがありますが、ぜひお客様には花組にしかない個性や華やかさをお楽しみいただけたらうれしいです。