キャッシュレス化によって生まれる変化とは?Fintech協会・丸山弘毅氏に聞く
一般社団法人Fintech協会は、日本のFintechの発展を目的として2015年に設立されました。Fintech協会が、現在最も注力しているのが日本のキャッシュレス化です。
なぜ、Fintech協会がキャッシュレス化に注力しているのでしょうか。
その理由も含めて、今回は同協会会長の丸山弘毅氏に、日本のキャッシュレス化の未来像やFintech協会の役割について話を伺いました。
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キャッシュレス化が進まないのは現状維持バイアスが理由
まずは「Fintech協会」の役割について教えてください。
丸山氏:現在、Fintech協会には約110社のベンチャー企業と、約300社の大手企業が参加しています。この中には、金融機関も含まれています。多くの企業が集うことで、日本のFintechのエコシステムを作ろうという活動をしています。
特にキャッシュレス化に注力している理由は何ですか?
丸山氏:Fintechといった場合、その示す範囲はとても広いのです。投資もあれば融資もあります。その広い範囲の中でも、とりわけ注目されているのが、個人の利用する預貯金アプリや家計簿アプリ、投資アプリ、決済アプリです。そして、これらのアプリを支えるのがキャッシュレス化ですね。家計簿アプリなどで家計を管理するためには、日常のお金の使用状況がデータ化されている必要があります。現金で支払った際のレシートやメモを、日々手作業で入力するというのは効率が悪いですから。
キャッシュレスで利用していれば、すべてのお金の動きが自動的にデータ化されます。個人の家計がデータ化されていれば、銀行などが融資する際の審査にも活用できるようになりますよね。つまり、キャッシュレス化が個人の投資や融資といった活動を活性化するエンジンになるため、Fintech協会としてもキャッシュレス化に注力しているのです。
キャッシュレス化は、一般の方にとって、どのような変化をもたらすのでしょうか。
丸山氏:最も予想しやすいのが、レジでの支払いがスムーズになるということです。SuicaやETCの便利さを思い出していただければ想像しやすいと思います。一度使ったら現金に戻れないのではないでしょうか?
ですから、キャッシュレス化への移行がなんとなく面倒に感じるのは、現状維持バイアスといえるのではないでしょうか。今でも不便ではないのだからキャッシュレス化する必要はない、という考えです。
どのような体験が現状維持バイアスを外してくれるのでしょうか?
丸山氏:例えば、高速道路の料金所で事前に1,000円札を用意していると、あらかじめ熟練の料金所スタッフが小銭を用意していて、車が停止したと同時にお釣りを渡してくれました。これでも特に不便は感じなかったのです。ところが、いったんETCを利用すると、運転しながらお金を用意したり、窓を開けてお金を渡したり、お釣りを受け取ったりする手間が一切なくなりましたよね。これは、一度体験すると戻れない快適さです。
同様に、あらゆる買物で現金を使わずに済むという体験をすると、実は現金を使うことがかなり面倒だったことを実感できると思います。
ほかにも現金では得られない利便性はありますか?
丸山氏:キャッシュレスになれば、いつどこで何を買ったのかということがすべて自動的に正確に記録されます。つまり、キャッシュレスの便利さは、スムーズな決済だけではなく、その後の管理のしやすさにもあるのです。キャッシュレス化によって、無駄遣いを減らして合理的に節約できるでしょうし、余剰金を即座に預貯金や投資に回すこともできるようになります。
「支払う」というアクションがなくなっていく
一方で、キャッシュレスは災害や停電などに弱いことも指摘されています。
丸山氏:確かに、不測の事態においてキャッシュレス決済ができなくなることはありえます。ですが、停電になってしまうと、お店のレジも動きませんし、食品の鮮度を保っておくこともできません。信号機も作動しませんし、家の空調も止まります。そもそも、キャッシュレスだけの問題ではないのですね。
また、火事や洪水になったとき、現金は燃えたり流されたりしてなくなってしまいますから、必ずしも災害に強いとはいえません。災害に強いのは、現金よりもキャッシュレスであるという側面もあるのです。
最近は現金使用不可のお店も登場してきていますが、どう思われますか?
丸山氏:私はとてもいい試みだと思っています。レジでの会計や締め作業など、現金の取扱業務が減ると、効率化するので労働環境が良くなるでしょう。浮いた時間や労力、コストがサービスに返ってくれば、お客さまにとってもいいことです。
ただ、キャッシュレスで素早く支払いをしても、レシートの印字の時間が気になることがあります。現金のやりとりがなくなった分、余計に気になるのですね。このあたりは、まだまだ改善の余地があります。
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どのようにすれば、キャッシュレス化は広まるのでしょうか?
丸山氏:現在の日本では、カードで払おうとしたらお店に嫌がられたり、対応していなかったりしたら困るからと、現金で行動しようとします。ところが、キャッシュレス化が進んでいる海外の場合は、ベースがキャッシュレスなので、お店で現金を出すと、「あ、現金ですか。お釣りあったかな?」となります。
従って、重要なことは、キャッシュレスのほうが便利で効率が良く、生産性が高くなるといった理解を社会全体で共有することだと思います。
社会全体として、どのような未来像を描かれていますか?
丸山氏:キャッシュレス化の次は、「ペイレス」の時代が来るでしょう。ペイレスは「支払わない」という意味ではなく、購買プロセスから「支払うというアクションがなくなる」という意味で使われています。「Amazon Go」がまさにそうですね。
例えば、タクシーに乗車するときに利用者の認証が行われれば、降りるときには自動的に決済されることになります。わざわざ現金やカードを出して支払う行為自体がなくなります。病院なら、診療が終わったら待たずにそのまま帰れるということです。このような状態が、私の描いている未来像です。
キャッシュレスのプレイヤーが多すぎるのは問題なのか?
キャッシュレスにおいて、支払い手段やプレイヤーが多すぎるという指摘もありますが、これは日本特有の状況でしょうか。
丸山氏:特有だと思いますね。これについては賛否両論ありますが、日本では皆さんが創意工夫した結果、いろいろなサービスが立ち上がり、事業者が増えてきています。このこと自体は、競争原理やイノベーションの源泉でもあるので、一概に否定すべきではありません。また、利用者の選択肢が多いということも、ポジティブにとらえていいのではないかと。
プレイヤーの多さはあまり問題ではない?
丸山氏:プレイヤーの多さではなく、互換性がないことが問題だと思います。「あそこでは使えたのにここでは使えないの?」と、利用者にとってはあまり良くない印象を持たれてしまう可能性があります。せっかく多彩なサービスや技術がありながら、もったいないですよね。
また、プレイヤーが多いことで新しいシステムと古いシステムが混在しており、これらをつなげようとするとトータルコストがどんどん上がっていきます。これについては改善すべきでしょう。
規格を統一する方法について教えてください。
丸山氏:これは、それほど難しいことではありません。例えば、銀行APIが開放されています。APIとは、ソフトウェア同士でデータをやりとりできるしくみです。銀行のAPIを共有することで、どのような端末で決済処理を行っても、瞬時に銀行口座からお店にお金を移すことができます。すでに世の中で一般化しつつある技術をみんなで利用していきましょうということです。そうすれば、もっと低コストで安全に必要なデータを必要な人に渡すことができます。
そして、IDを統一することも必要になるのではないでしょうか。LINE Payやアリペイなど、利用者は決済サービスごとにIDを持っていますが、これを1つのIDに統一していく。どんな決済サービスを利用しても、IDは同じとなるので、利便性が上がるでしょう。また、店頭のオペレーションが簡略化されることにもつながります。
規格統一は、誰がリードすればいいのでしょうか?
丸山氏:QRコードやバーコードに関しては、キャッシュレス推進協議会が規格統一の検討を進めています。これは、お店側のオペレーションを統一するための規格ですね。
統一すべき規格は、もうひとつあります。それは、契約網やネットワークの統一です。この2つの規格統一が混在して話がややこしくなっているのです。そして、後者の規格統一が難しい。なぜなら、すでに加盟店を持っている企業にとっては、契約網やネットワークは資産だからです。
契約網やネットワークは統一して、各企業に分配できる方式を決めなくてはなりません。しかし、これを進めるには、大きなリーダーシップが必要となりますので、今後の大きな課題といえるでしょう。
- QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です。
丸山 弘毅
一般社団法人Fintech協会 代表理事会長、株式会社インフキュリオン・グループ代表取締役
慶應義塾大学卒業後、株式会社ジェーシービー入社。リスク分析・マーケティングなどのビッグデータ関連業務、新事業開発、M&A業務を担当。2006年インフキュリオン・グループを創業。決済・Fintech関連の新規事業立ち上げ支援で多くの実績を上げる。スマホ決済ベンチャーの株式会社リンク・プロセシング、株式会社インフキュリオン デジタルの立ち上げを行う。また、株式会社インフキュリオンの子会社である株式会社ネストエッグが展開する、自動貯金サービスfinbeeの事業にも関わるなど、キャッシュレス化に向けたさまざまな事業を展開している。2015年に一般社団法人Fintech協会を設立、代表理事会長に就任し、業界発展に貢献。
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