活用術
ロイヤルホールディングスが完全キャッシュレス店舗に踏み切った理由
「ロイヤルホスト」や「シズラー」といった飲食ブランドを有するロイヤルホールディングス株式会社。同社が2017年11月にオープンさせた、完全キャッシュレスの飲食店「GATHERING TABLE PANTRY(ギャザリング テーブル パントリー) 馬喰町店」が、大きな関心を集めています。
一切現金を扱わない、完全キャッシュレスという前代未聞の店舗を展開した真意とは?常務取締役・野々村彰人氏に話を伺うと、キャッシュレス化がもたらすストレスのない外食の未来が見えてきました。
目次
キャッシュレス化によって管理・事務作業が大幅に削減
「GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店」ですが、なぜ完全キャッシュレスのお店を誕生させようと思ったのでしょうか?
野々村氏:将来に向けた実験店舗という形でスタートした背景があります。現在、外食産業は極めて人材難にあるため、責任者や店長に負荷がかかるという悪循環が起きています。その負荷をどうすれば少なくすることができるのか。GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店は、ロイヤルホールディングス株式会社のR&D(企業の研究開発業務および部門)として取り組んでいます。私自身も、R&Dのイノベーション創造部に籍を置き、さまざまなテクノロジーを活用していくことで、外食で働く人の働き方や業務を改善していくことはできないかと考えています。
そのひとつが、完全キャッシュレスだったというわけですね。
野々村氏:従来、約40分かかっていたレジ締めを、約5分で終了できるなど劇的な変化が表れています。現金を扱うと、レジ締めを行う。責任者は、欠勤などが出れば、そのためだけにお店に来るといったケースも生まれてしまいます。女性の店長から、「閉店後に1人で現金を数えることにプレッシャーを感じていたので、現金を扱わないことで安心感が生まれている」といった報告を耳にしています。我々の想像以上に現金を扱わないメリットを感じますね。
また、釣り銭の準備や銀行への入金など、現金にまつわる管理・事務作業の負荷は少なくありません。我々が展開する現金を扱っている他店舗では、店長の業務時間のうち、管理・事務作業がおよそ19%を占めるのに対して、GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店は、全体の5.6%しか割いていないほどです。
実際に店舗を訪れると、ファミレスや居酒屋でホールスタッフが持つハンディターミナル(小型の入力端末)もなければ、POSレジもありません。スタッフの方はスマホでオーダーを確認するなど、非常に新鮮でした。
野々村氏:普段から使い慣れているスマホを使うため、新しく入ったスタッフも操作に手間取ることはありません。その結果、トレーニング時間の短縮にもつながっています。
キャッシュレス化によって生まれた時間を、お客さまへの接客や調理、OJTのトレーニング、スタッフ同士のコミュニケーションにあてることができるため、お店のサービスや料理の質を向上させることができます。先の店長の業務時間割合が示すように、GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店では、接客・調理、ミーティングなどの時間増加も顕著です。
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スマホやiPadなどのタブレットをレジ代わりにできるキャッシュレス決済外食業界で22名の応募は大きなトピック
キャッシュレス化によって削減できた時間を、本来のサービスや接客、調理に補填することで、お店のサービスや料理の品質を高めることにつながるというのは、目からウロコですね。
野々村氏:先日、GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店のスタッフを募集したところ、3名ほどの採用枠に対して、22名の応募がありました。「1人の人材を7つの店舗が奪い合う」といわれるほど人材難である現在の外食産業で22名の募集があったことは、社内でも大きなトピックになったほどです。
話を聞くと、皆さん、お店に足を運んだ経験があり、「バタバタと仕事に追われていなくて、なごやかで楽しそうだった」という理由が多かった。私は、自分の会社で働いてくれるスタッフがオーダーに追われ、機械的に仕事をしていく姿を見たくないんです。ストレスをいかに軽減できるかを考えた結果、完全キャッシュレスという店舗に舵を切ったので、そういった理由から選んでいただいたことは、手応えを感じるとともに、たいへんうれしかったですね。
2018年10月には、完全キャッシュレス2店舗目となる「大江戸てんや」を浅草にオープンしました。やはり、手応えがあったからこその2店舗目だったのでしょうか?
野々村氏:GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店で働き方改革に近づけたので、もう一歩踏み込んでみようと、既存の天丼てんやをリニューアルしました。キャッシュレスと浅草に訪れる訪日外国人のニーズを紐付けるということもあるのですが、大江戸てんやで働いているスタッフは、外国人が多いです。外食産業の人材難を解消する上で、外国人スタッフの存在は欠かせませんから、彼らが働きやすい環境を整備する上でも、現金を扱わないことはプラスになると考えました。
GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店よりも、さらに進化しているイメージを受けます。
野々村氏:多言語タブレットで注文を受け、支払いは完全キャッシュレスになっています。また、独自開発したモバイルPOS(mPOS/スマートフォンやタブレットを利用したPOSシステム)により、決済時の通信もよりスムーズになっています。
新たにキッチンサポートシステムも作りました。厨房に設置したキッチンディスプレイにお客さまが注文された料理の調理指示を表示していて、商品ごとに必要な天ぷら食材の組み合わせや数、盛り付け方法が、イラストで分かるようになっています。シニアや外国人の方をはじめ、多様な人材が働きやすいユニバーサルな環境づくりを目指しました。
近い将来、セルフ会計の導入も視野に入れています。お客さまがタブレットで注文をして、スタッフを呼ぶことなく、その場で会計を済ませることができる。会計時のわずらわしさとなるレシートの印字、通信の待ち時間もなくなるため、お客さまにはよりスピーディーな体験を提供できるようになる。同時にそれは、さらなるスタッフの短期戦力化の実現と、品質向上につながると考えています。
キャッシュレスをイノベーションの一翼として活かす
変化が激しい時代において企業はスピード感が求められますが、どのように対応しているのでしょうか?
野々村氏:イノベーション創造部は、独立した事業部であることで、そのスピードに対応しています。キャッシュレスをはじめとしたテック化を進め、そこで得た知見をほかのグループ内の事業会社事業部に還元し、さらに成長していく。
世間ではキャッシュレスだけが取り上げられがちですが、我々はキッチンオペレーションの改革やペーパーレスやお掃除ロボットなども導入しているんですね。そういったことに取り組める環境の整備はもちろん、キャッシュレス決済を導入する意味やほかのテクノロジーとの融合を考えた上で、脱現金化というものに取り組んでいく必要があると思っています。
「キャッシュレス化」はそれだけで利便性が向上するという、どこかマジックワードめいた部分が否めません。そうではなく、「キャッシュレスによって何が生まれるのか」「キャッシュレスによってどう変わるのか」といったことを、きちんと考えないと成長はないと。
野々村氏:そのとおりだと思います。ロイヤルホストでは、バラエティ豊かな料理を提供する必要があります。そのため、ソースやスープ、煮込み料理など、時間をかけた方がおいしいものは、セントラルキッチンで調理を行い、店内ではコックが素材と組み合わせたり、ひと手間かけて料理を提供したりしています。今回のセントラルキッチンを最大限に活かすため、GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店では、パナソニックさんの調理機器(マイクロウェーブ コンベクションオーブン)を共同で研究しました。これにより、効率化を進めながら質の高い味わいを作り出すことができています。
ここに、タブレットなどの会計システムによるキャッシュレスを重ね合わせたことで、調理時間の短縮、料理の品質維持、人材不足解消という課題を解決できると考えています。業態にマッチした技術革新とキャッシュレスを組み合わせるからこそ大きな効果を生む。キャッシュレス化は妙薬ではあるが、万能薬ではないということです。
キャッシュレス決済は、クレジットカードと紐付いていることも少なくありません。店舗側にとってクレジットカード会社に支払う手数料の問題もありますが、こういった負担についてはどう思われているのでしょうか?
野々村氏:客単価が高くない店舗にとって、売上から手数料が引かれることは大きな負担です。キャッシュレス決済が浸透していくとともに、クレジットカードの手数料のパーセンテージは見直していただきたいと考えています。我々も今現在は、完全キャッシュレス店が2店舗のみだから導入することができます。
先程申し上げたように、キャッシュレス決済をうまく活用すれば、人材難を解消するだけでなく、働き方改革にもつながります。手数料がボトルネックとなって、キャッシュレス化に対して二の足を踏むといったことがないように、整備する余地があると思いますね。
完全キャッシュレスの2店舗では、約30種類の非現金決済に対応しています。決済手段が多すぎるという懸念はありませんか?
野々村氏:いずれは規格が統一されていき、少数の決済手段に限られることが望ましいでしょうが、今現在はキャッシュレス決済を体験してもらうためにも、豊富な手段があることは悪いことではないと思います。キャッシュバックをうたったQRコード決済に注目が集まっていますが、こういったキャンペーンをきっかけにキャッシュレスを使い始める方も多くいる。仮に、キャッシュバックを目的に店舗を訪れたとしても、キャッシュレス決済を体験するという意味では良いこと。
また、事業者サイドとしても、手数料ゼロサービスなどもあるので、メリットがある期間中にトライしたほうがいいでしょう。キャッシュレスによってどんな変化が生まれるのか、キャッシュレスによって業務を改善するにはどうすればいいのかなどは、体験しないと気が付かないことです。
キャッシュレス決済における通信障害などに対する懸念はいかがでしょう?
野々村氏:これまでに、一時的にキャッシュレス決済ができないということはありました。以前、そういった状況になった際に、お客さまが「連絡先を書いていきましょうか?」とおっしゃったのですが、我々の事情で決済が行えないのですから、「次回のお支払いで大丈夫です」とお伝えさせていただきました。徹底して現金を扱わないこと。少しでも現金を扱うと、現金にまつわる事務作業が発生してしまう。それをするくらいだったら、決済できなかったお客さまに対するケアやコミュニケーションに時間を使ってほしいです。
体験としてのキャッシュレス空間
話を聞けば聞くほど、ストレスのない空間とキャッシュレスがいかに密接につながっているかということに気が付かされます。今後、キャッシュレスによって外食産業はどのように変わっていくと思われますか?
野々村氏:セルフ決済は、近い将来、一般的になっているでしょう。その先には、Amazon GOのように登録したアプリから入店、オーダー、会計まですべてを済ませてしまうような世界が広がっているのではないでしょうか。つまり、働くスタッフ、人間のホスピタリティに価値が生まれると思っています。
本来、外食において、スタッフのお客さまとのコミュニケーションは、大きな魅力なんですね。スタッフもお客さまも、ともに楽しむ。それこそが、あるべき外食産業の姿でした。ところが、いつしか外食産業の接客はたいへんそうというイメージが定着してしまった。キャッシュレスをはじめとしたテクノロジーは、本来あるべき外食の楽しみと働く人たちの喜びを取り戻させる力を持っています。
外食産業が持つ、本来のサービスを見つめ直すという観点からキャッシュレスを活用する。人間らしさをサポートするためにテクノロジーに頼る。なんだか夢があります。
野々村氏:ゆとりが生まれることで、1人ひとりのスタッフそれぞれが、「何ができるか」を自発的に考えることにつながればいいと考えています。結果的に、それが我々にしかできないお店になる。そして、お客さまにとってもう一度足を運びたくなるような体験につながる。
先進的な試みをしても、それがお客さまの体験として付加価値が生まれなければ意味はありません。我々が提供する食事を食べに来たお客さまに対して、いかに魅力的な体験をプレゼンできるか。来店したお客さまが安心感や幸福感を覚えてくれるような空間を提供していきたいです。
- QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です。
野々村 彰人
ロイヤルホールディングス株式会社 常務取締役、イノベーション創造部担当。1978年にロイヤル株式会社(現在のロイヤルホールディングス株式会社)に入社し、ベーカリー、カフェ、レストランなどの支配人を経て、一度会社を離れる。2004年にロイヤルホールディングス株式会社グループ内の専門レストランを運営するアールアンドケーフードサービス株式会社の営業部長として復帰し、同社の代表取締役社長に就任。その後、ロイヤルホールディングス株式会社の取締役を経て、2016年現職に着任。
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